2008年06月04日

子供時代の鉄道旅行‐富山編。

「歩行中毒。」から「旅日記。」に名前を変えたが最近旅行してるわけでなし、昔の旅の思い出とか夢想旅行っつーか妄想旅行っつーか、最近流行りらしい表現を援用すれば“脳内旅行”(笑)か、そんなことなどでもつらつらと書き連ねてみようかと。
どれほど読まれるんだろうと危惧しつつ。

子供の頃から地図とか時刻表が好きで、実際に一人で汽車に乗ってあちこちに行っていた。遠方の親戚や友達の家を訪ねて泊まりがけの旅もあったけれど、大半は日帰り。
…しっかし、うちの親もよく出してくれたよなあ。今ほど物騒な世相ではなかったけれど。もしわしに小学生の子供がいて一人旅したいとか言い出したら、止めるだろーなー。

 

それはともかく。
日帰りでの行先は新潟と米原がいちばん遠いんだが、まずは富山県内の話から。

県内の鉄道でわしが小学生時代にあった路線には、ほぼ全て乗ったことになるはず。乗ってないのは富山地方鉄道(地鉄)の笹津線(昭和50年(1975)廃止)と市内軌道の一部路線(特に昭和59年(1984)廃止の西町〜不二越間、確か通称山室線)くらい、あとは国鉄→神岡鉄道や高山本線の猪谷〜県境までか。
加越能鉄道の伏木線や加越線にも乗っていないけれども、小学校に上がるかどうかの頃に廃止されてっからなー。

富山県もご多分に漏れずクルマ全盛なのだが、意外と鉄道が頑張っていて、っつーか県民の頑張りで残してて。わしが富山を離れて以降の廃止路線は無い様子。
もっとも、加越能の高岡軌道線と新湊港線が万葉線ってえ別会社になったり、国鉄→JRの富山港線が富山ライトレールになって富山〜奥田中学校前の路線が変わったりとかはあるんだが。
富山と高岡に路面電車があり、同じ都道府県内に路面電車が走ってる市が2つ以上あるのも珍しいんでないかいな。

穀倉地帯なもんで、どの路線でもぼへーっと乗ってりゃあのんびりできるんだけれど(真夏を除く(苦笑))、敢えて好きな区間を挙げるなら、氷見線の越中国分〜雨晴と現万葉線の米島口アルビス米島店前(昔は単に米島口)〜能町口か。
氷見線の方は、能町あたりから伏木の先まで工業地帯みたいなところを走り、車窓がちょいとのどかになったなあと思ったら、いきなり海っぺりを走る区間。大昔に確か種村直樹が褒めていて、宮脇俊三も押さえた筆致で描写していた。
万葉線の方は、高岡駅前(昔の新高岡)から米島口…(長いので略す(笑))までは道路の上を窮屈そうに走っていた電車が、氷見線をまたぐ高架になって生き生きとし出す静と動の対比が魅力か。今は車両が新しくなり路盤も一部改善したらしいから、昔ほど極端な差が出るかどうかは知らないけれど。

富山ライトレールは富山港線時代、水色の旧型国電が走っていた頃に乗ったきり。新装成って便利になったらしいけれど、乗ってみたいかと問われたら、半々かなー。
終点の岩瀬浜からは少し離れているが、天気が良ければ浜黒崎海岸あたりから南を見やると、立山連峰の雄大な景観を楽しめる…かも。
ライトレールになってから、時刻表の後ろの方に追いやられてんのが気の毒。

地鉄の射水線(新富山〜新港東口、昭和55年(1980)廃止)があった頃は、高岡から富山に行くのに加越能〜県営フェリー〜射水線〜富山市内軌道線と、国鉄で行くより金も時間も掛かる方法を使ったことが何度かあった。今でも高岡から新港東口までは行けるが、射水線の代替バスの本数が極端に少ないらしいから、時間帯を選ばないと厳しいかも。
そういやあ、昔は富山〜高岡間に急行やバイパス(現・国道8号線)経由を含めてバスがばんばん走ってたなあ。今は、1時間に1本くらいなんだかな。

城端線沿線の高校に通っていたわりに、あんまし乗らなかった。たいていはバスか自転車を使っていたので。
試験で早く帰れる日にバスを待っていたら五箇山からの特急バスが来て、乗っていいものかどうか迷っていたら運転手から「どうぞー」と気軽に声を掛けられて面食らった…とかいう話は、そのうち高岡〜金沢の急行バスや高岡〜和倉温泉の特急バスの話などと合わせて、バス編にでも書こうか。

氷見線も城端線も高岡が起点の北陸本線の支線なんだけれど、乗った回数は氷見線の方がはるかに多い。昔の海水浴は汽車で行くのが当たり前で、当時の雨晴や島尾は夏ともなると大賑わいでねえ…とか書くと、年寄りの昔話だなあ(苦笑)
とはいえ、「終点まで」と条件を付けると、頻度はあまり変わらんかも。氷見まで乗ったのは、何回あったか。氷見へはクルマで行くのが常だろうし、バスも山間(やまあい)の守山経由なら本数が多いみたいだし。
伏木近辺は工業地区で、昔は悪臭が酷かったんだけれども。今はずいぶんマシになったはず。伏木と万葉線の中伏木の間を渡船(如意の渡し)が行き来しているそうだが、残念ながら乗った機会は無く。
城端まで汽車で行ったのは、後にも先にも子供時代の1回だけ。終点の城端は門前町で多少趣が違ったけれど、途中の印象が薄いな。チューリップの時期には、車窓からも楽しめるんでないかいなと。

北陸本線も高岡と金沢や富山の間にはしょっちゅう乗ったが、富山以東は特急ですっ飛ばすことが多かったんで、各停や快速で乗った機会は少ないような。直江津に行った時くらいかも。
新潟に行った時は気動車急行「越後」のキハ65で通り抜けた気がするが、別の区間だったかなあ。

富山地鉄や黒部峡谷鉄道は、全線乗った。ついでに立山黒部アルペンルートも。
黒部峡谷やアルペンルートは県内屈指の観光地で(これに五箇山を加えれば御三家かな?)、かつての多客期には急行「立山」やら特急「サンダーバード」(「雷鳥」の子孫)やら名鉄の気動車特急「北アルプス」やら、季節列車の「むろどう」「うなづき」(「のりくら」もだっけな?)などが国鉄から地鉄に乗り入れてたんだけれども。観光もクルマが主体になったためか、今では乗り入れしてないようで。
アルペンルート関係は、これまた別の記事で。
地鉄の鉄道線のうち、不二越線・上滝線(稲荷町〜岩峅寺(いわくらじ))ってのは地味な路線で。乗ったのは“県内全路線完乗”を目指した時の1回こっきりだなあ。…あ、昔持ってた地図で岩峅寺駅に“いわくじら”つって書いてあり、大笑いしたのを思い出した(笑)
そういえば昔、岩峅寺の近くに大川寺(だいせんじ)遊園ってえ遊園地があったな…と思ったら、10年ちょっと前に閉園になったそうな。呉羽山にも確か“くれはゆうえんち”とかいう遊園地が昔はあって、保育園か小学校の遠足で行ったよーな覚えがあるけれど。今ホテルが建ってるあたりだったような、違うような。

高山本線は、やぱし“県内完乗”を目指して猪谷まで乗ったのと、「おわら風の盆」に踊りに行ったオカンに届け物があって越中八尾まで行った時くらいか。
沿線の記憶がほとんど無いのはなーんでか?(笑) 地図を見ると八尾の前後と東八尾から先あたりは、なかなかに眺めがよさそうなんだけれど。
高山には何度か行ってるんだが、やっぱクルマが多かったな。

 

古い話で、しかも記憶に頼っててあやふやなのが申し訳ない。

posted by 山善 at 05:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 富山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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